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CROSS2019 市民公開講座開催しました

藤井賢一氏 (産業技術総合研究所計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 首席研究員)

総合科学研究機構(本部・土浦市)の公開講座「CROSS2019」は11月23日、筑波銀行つくば本部ビル(つくば市竹園)で開かれた。今回は「度量衡」がメーンテーマとなり、産業技術総合研究所計量標準総合センター(つくば市梅園)から工学計測標準研究部門の藤井賢一(首席研究員)、平井亜紀子(ナノスケール標準研究グループ長)の両氏を招き、それぞれキログラムとメートルの定義にまつわる話を聞いた。会場にはレプリカ(模造品)ながら、実物大のキログラム原器、メートル原器が展示され、CROSSならではの「体感できる」講演会となった。

ちょうど1年前の2018年11月16日、パリの国際度量衡委員会で、「キログラム」「アンペア」など4つの基本単位の定義を変えることが決まり、今年5月20日に施行となった。これにより130年にわたって質量の基準としてあった「国際キログラム原器」(IPK)は、物理学の定数である「プランク定数」を介しての定義に引き継がれることになった。

1秒の299792458分の1の時間に光が進む距離―メートル(m)

計測は物理学の基本で、人類は様々な計測技術を生み出し、発展させてきた。現在最も広く用いられている国際単位系(SI)には、時間、長さ、質量、電流、物質量、光度、熱力学温度の7つがあり、それぞれ秒(s)、メートル(m)、キログラム(kg)、アンペア(A)、モル(mol)、カンデラ(cd)、ケルビン(K)が基本単位として定義されている。

平井亜紀子(産業技術総合研究所計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 ナノスケール標準研究グループ長)

もともとは人間が日常用いるスケールからスタートしており、例えば、長さの単位「メートル」は約230年前に、パリを通る子午線の長さを基準として定義された。これを基に約130年前に、「国際メートル原器」が作られ、物差しの長さを1メートルとする定義に移行した。さらにレーザーに関する科学技術の発展を受け、1983年に「真空中で1秒間の299792458分の1の時間に光が進む行程の長さ」と定義が変わった。光速不変の原理とセシウムの超微細遷移の振動数(時間の定義)から、絶対的な目盛りが刻めるわけだ。

こうした経緯を追って解説したのが平井氏の講演。白金90%、イリジウム10%合金製のメートル原器は1960年廃止されたが、現在も産総研が保管。2012年には国の重要文化財となっている。「国家が一元的に管理するのではなく、技術があれば誰でも計測できるという意味で基準の民主化が起こった」と平井氏は解説した。

中学で習うアボガドロ定数 高校で習うプランク定数を正確に―キログラム(KG)

これに対し、質量の基本単位は1リットルの水の重さから派生したIPKが担った。やはり白金イリジウム合金でつくられた分銅だ。この原器は厳重に管理されるが、表面吸着などの影響により年々質量が増加する。約100年にわたる質量の安定性は50マイクログラム程度と見積もられたが、この人工物による定義は130年間もの間、変更ができずにいた。定数化された、適当な物理量が見つからなかったためだ。

候補はプランク定数とアボガドロ定数の2つがあった。定義づけの国際プロジェクトに日本から参加した産総研の研究チームは長年アボガドロ定数で挑んでいた。この研究に取り組んだ藤井氏によれば、のちに、この2つの定数は1つの関係式で右項・左項に現れることから、同じものとして扱えることが分かったそうだ。藤井氏は講演でも「中学校で習うアボガドロ定数の方が高校で習うプランク定数よりも分かりやすいはず」と解説の中心に据えた。

チームは、アボガドロ定数を使って1キログラムのなかに原子の数がいくつあるか、測定しようとした。実はこれが大変。1キロの質量を炭素原子だけで得ようとすると、10の25乗個もの原子がいる。1兆の1兆倍のさらに10倍のスケール。1個1個数えていると、最新パソコンを使っても1000万年かかるという物理量だそうだ。藤井さんがチームに加わった当初、チームリーダーから「生きている間には無理かも知れない」と告げられていた。

そこで、シリコン原子だけでできた単結晶で1キログラムの球をつくり、その体積を精密に測定して、中に含まれる原子の数を求めようとした。格子状に原子配列をつくる単結晶なら数えやすく、干渉計によるX線結晶密度法でアボガドロ定数を決定する方法が採用できそうだった。

シリコンには3つの同位体があるが、原子量28のシリコンを99.994%に濃縮できる技術に見通しが立った。旧ソ連が水爆用の核濃縮に使った遠心分離機を使い2004年から2年間で、高さ約40センチ、重さ約5キロのシリコン28単結晶を得た。5億円が掛かったという。これから直径約94ミリのシリコン単結晶球体を2個切り出し、合わせて超高精度のレーザー干渉計を作製した。

シリコン単結晶球体は正確に体積を測定するため極限まで真球になるよう研磨され、2000方位から計測して1原子間の精度で直径を測ったという。いわば、この球体が新しい「キログラム原器」。藤井氏によれば、シリコン1キログラムの原子の数は2掛ける10の25 乗(2×10,000,000,000,000,000,000,000,000)個だった。観測可能な宇宙の星の数より多い。

 

「原器」ではなく「分銅」として役割果たす

新しいキログラム定義のためのシリコン球(手前)と「日本国キログラム原器」。ともにレプリカ。

講演会場には「日本国キログラム原器」のレプリカと共に持ち込まれ、参加者が手にとって「1キログラム」を体感できる貴重な機会となった。新しい定義に基づく精度は1億分の1という。この精度は、1キロに換算すると10マイクログラムであり、国際キログラム原器の安定性50マイクログラムをしのぎ、新しい定義の条件を満たす。

昨年の委員会総会の開催までに、各国から計測が持ち寄られ、これらをベースに「普遍的な物理量」に基づく新しい1キログラムの定義が国際的に決定された。定義上はアボガドロ定数ではなく、プランク定数が採用されたが、各国の計測結果にも「日本の果たした貢献は大きかった」と藤井氏。今後は新薬開発などの微少質量計測に役立てられる期待がある。

定義が変わっても、これでお役ご免というわけではないらしい。メートル原器のように国の重要文化財として、引退の花道を飾ることはない。「日本国キログラム原器」は原器ではなくなるものの、非常に優秀な分銅として我が国の質量標準の維持・管理に今後とも役割を果たす予定ということだ。だてに130年も命脈を長らえたわけではない。

(文責・「CROSS T&T」編集長 相澤冬樹)

 

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